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【ツギtoつぐ vol.5】「家を建てる」から「街をつなぐ」へ。3世代のリーダーが語る、信州に根付く“人財”と“恩返し”の物語。
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こんにちは!ココロミーの学生ライター、信州大学3年のりゅうせいです。
信州の企業の未来を担う経営者たちの「想い」のバトンを追う連載企画「ツギtoつぐ」。第5回となる今回は、長野県内で住宅業界のトップランナーとして走り続けるセキスイハイム信越さんにお邪魔しました。
「家を売る会社」と聞いて、みなさんはどんなイメージを持ちますか?今回取材に応じてくださったのは、世代もバックグラウンドも異なる3名のリーダーたちです。

石原範久 代表取締役社長(現代表)
元システムエンジニアという異色の経歴を持つ戦略家。2020年の社長就任と同時にコロナ禍に直面しながらも、多角的な改革を進めるリーダー。
原澤啓二さん(分譲事業パートナー)
1981年入社。現場監督や支店長を歴任し、定年退職後も「分譲事業パートナー」として現役で会社を支えるレジェンド。
土橋康秀 取締役(東北信支店長)
1996年入社。営業職として現場からの信頼も厚く、チームワークで組織を牽引する現役リーダー。
このお三方、実はかつて原澤さんが支店長などを務めていた時代に、若き日の石原社長や新入社員だった土橋さんを指導していたという、深い縁で結ばれています。
かつての上司が現社長を支え、当時の新人が今や取締役として現場を率いる。そんな信頼と歴史が織りなす、笑いあり、深い学びありのインタビューとなりました。
累計3万棟の実績を誇る企業の強さの秘密は、どうやらこの「濃い人間関係」にあるようです。
激動の社長就任と、受け継がれる「サービス立社」のDNA
まず、石原社長にお伺いしたいのですが、2020年の社長就任はまさに激動のタイミングでしたよね。
そうなんです。1月に社長に就任して、翌月にはコロナ禍に突入しました。予定していた全国行脚もできなくなり、人の行き来がパタッと止まってしまった。私は本社の社長室にずっと閉じこもって、誰とも話さず「この会社をどうしていくか」「コロナをどう乗り越えるか」をひたすら考える日々でした。
それは孤独ですね……。
でも、逆にその時間が良かったんです。じっくり考えたおかげで、4月の新年度には「地域に必要とされる会社であること」「事業を多角化すること」「社員が誇りを持てる会社にすること」、そして何より「社員や職人さんを絶対に路頭に迷わせないこと」という4つの指針を明確に出すことができました。あの時に決めた理念は、6年経った今でもほとんど変わっていません。

その「ブレない軸」の根底には、原澤さんたちが築いてきたものがあるのでしょうか。
私が一番衝撃を受けたのは、入社当時の社長が「うちは建設業ではなくサービス業だ」と言い切ったことですね。ただ建物を売るのではなく、「暮らし」と「満足」を提供する。これを私たちは「サービス立社」と呼んでいました。
当時はまだ珍しかったと思いますが、現場の職人さんにも外部講師を招いて「マナー研修」を行ったりしてね。お客様への対応力を磨く「人づくり」の文化は、脈々と受け継がれていると感じます。
「1+1」を無限大にするチームワークの力
「人づくり」というキーワードが出ましたが、現場を預かる土橋さんはどう感じていますか?
私が店長になった時、個々の成績はずば抜けているわけではないチームで、展示場コンテストで「日本一」を取ったことがあります。その時に実感したのが、「個の力」だけでは限界があるけれど、仲間と知恵を出し合えば「1+1は2じゃない」、何倍もの力になるんだということです。
原澤さんが支店長時代によく「いい家づくりは、いい仲間づくりから」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。
社長と取締役になられた今でも、当時の教えが生きているんですね。
はい。今は石原社長のもとで、さらにその風土が進化しています。社長はよく「会社というのは建物や社長のことではなく、社員一人ひとりが会社なんだ」とおっしゃいます。だからこそ、社員が活発に意見を出し合い、自分たちで会社を創っていく。そんな組織を目指しています。

人材は「使い捨て」じゃない。輝ける場所を見つける人事
働き方や組織のあり方について、昔と変わった部分はありますか?
私たちの時代は、正直に言えば「ここでダメなら他へ行ってくれ」という厳しい側面もありました。人材が次々と入ってくる時代でしたから。でも今は違います。特に石原社長になってからは、人の異動のスピードがものすごく早い。「あっちへ行け、こっちへ行け」って(笑)。
それはどういう意図があるんですか?
例えば新築の営業が合わなくても、リフォームやインテリアなら輝けるかもしれない。あるいは事務方が向いているかもしれない。事業を多角化しているのは、リスクヘッジのためだけでなく、社員一人ひとりが「咲ける場所」を増やすためでもあるんです。悩んで辞めてしまう前に、違う部署でチャンスを作ってあげたい。一度ご縁があって入社してくれた人を、簡単に手放したくないんです。
その「出口を塞ぐ(辞めさせない)」ための動きが本当に早い。社員が悩みきる前に手を打つ。これは昔とは大きく違う、今の会社の優しさであり強さだと思います。

3万家族の「応援団」と共に創る、信州の未来
これから人口減少が進む中で、地域企業としての強みはどうお考えですか?
私たちの最大の強みは、これまで信越エリアで建てていただいた累計「3万棟」のお客様、つまり3万家族の応援団がいることです。
私は今でも、年末になるとかつて担当したお客様へカレンダーを持ってご挨拶に伺うのですが、そうすると「息子が家を建てるなら絶対にハイムがいいぞ」と紹介してくださるんです。今年も既に6件ほどご紹介をいただきました。
価格競争ではなく、「あの会社なら安心だ」という信頼の積み重ねがある。この3万家族とのつながりが、私たちがこの地域で商売をさせていただく一番の財産です。
「家を売って終わり」ではない関係性ができているんですね。これからの展望についてはいかがでしょう?
これまでは「夫婦と子供2人」の4人家族をモデルにした家づくりが中心でしたが、これからは単身の方、ご高齢の夫婦、二世帯など、多様な家族の形に寄り添う必要があります。
家単体だけでなく、「街づくり」の視点も重要です。例えば、郊外に魅力的なコミュニティを作ったり、空き家をリノベーションして借家にしたり。
都会に住んでいる人が「老後は信州で」ではなく、「今から信州で」暮らせるような、そんな魅力的な受け皿を作っていきたいですね。
「恩返し」のバトンを次世代へ
最後に、これからのビジョンと、学生へのメッセージをお願いします。
私はもうOBの立場ですが、現役時代よりも今の方が「会社に恩返ししたい」という気持ちが強いんです。育ててもらったこの会社と地域に、最後まで貢献したい。
よく定年後は「キョウイク(今日行くところ)」と「キョウヨウ(今日の用事)」が大事だと言われますが、まさに会社がその場所を提供してくれている(笑)。若い人たちにも、そんな風に思える会社に出会ってほしいですね。
土橋さんはいかがですか?
「人材」は「人財(たから)」です。多様性の時代、いろんな考えを持った学生さんが来てくれることが楽しみです。私たちが全力で守り、育てますので、安心して飛び込んできてほしいですね。
では最後に、石原社長お願いします。
学生の皆さんに言いたいのは、最初から「大志」なんて抱かなくてもいいということです。私も若い頃は、まさか社長になるなんて思ってもいませんでした。たまたま入社して、先輩の背中を見て、仕事をしていく中でやりがいを見つけていけばいい。
「セキスイハイム信越で働きたいから長野に残る」と言ってもらえるような魅力ある会社、やりがいを見つけられる「箱」は私たちが用意しますから、気負わずに来てほしいですね。

取材後記
取材中、お三方の間で交わされる「昔はこうだった」「今はこうだ」という掛け合いから、単なる上下関係ではない「信頼」と「温かさ」を強く感じました。
石原社長が「休日はスイッチオフでダメな人間なんです(笑)」と笑えば、すかさずお二人が温かい眼差しを向ける。そんな人間味あふれるトップがいるからこそ、人が育ち、人が集まるのだと感じました。

家を建てるということは、その土地に根を張るということ。そして会社を継ぐということは、建物だけでなく、そこに息づく「人の想い」や「お客様との絆」を受け継ぐということ。
「3万家族の応援団がいる」という言葉がとても印象的でした。長野県というフィールドで、家づくりを通して地域を愛し、愛され続けるセキスイハイム信越さんの姿に、働くことの「温かい本質」を見た気がしました。
石原社長、原澤さん、土橋さん、素敵なお話をありがとうございました!
